石巻市の中学教師・佐藤敏郎さんが訴えたテレビや教科書に出ない出来事

satoutoshirou-ishinomaki皆さんは、佐藤敏郎さんという方をご存知でしょうか?

彼は、テレビのニュースにならないところで必死に戦っています。娘のために、子どもたちのために。

彼が戦っていることとはいったいどのようなことなのでしょうか?詳しくはこちらをご覧ください。

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東日本大震災での出来事が二度と起こらないように

東日本大震災で甚大な被害をうけた石巻市。

その石巻市の大川小学校は、唯一たくさんの教師児童、一緒に避難していた地元の人たちがなくなった学校です。

学校は津波が来るのを知りながら、一時間近くも、雪のちらつく寒空の下で、自動を待機させていました。

そして、避難しないために津波にのまれた、痛ましい事件になってしまいました。

その亡くなった六年生の女の子の父親に、中学教師をする先生がいました。それが、佐藤敏郎さんです。

佐藤敏郎さんは娘さんが無事であることを信じていました。それは、同じ教員として、児童に間違いなく安全を確保したと思ったからです。

ところが、娘さんは目を当てられないような姿で発見されました。

佐藤敏郎さんは教員でありながら、学校の父兄代表として先頭に立って、市の教育委員会に立ち向かったのです。

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中学の教壇に立ちながら、メディアに映り、さらに、教員の自分を管理する教育委員会に、意見を発するために、さぞ腹をくくられたことでしょう。

話し合いに応じた教育委員会には、以前の同僚もいました。

佐藤敏郎さんは、父親として、そのとき、娘の身に何があったかを知りたい気持ちと、教員として、教師はどんな誤った判断を下したのかを、知りたいと、責任を背負っているのです。

今も裁判は続いていて、遺族側と市とは争っています。

佐藤敏郎さんは裁判には参加せず、いまは子供たちや他の地域の人々へ、命の大切を講演しています。

子供たちの顔は命に見える。命がランドセル背負って、命がおうちから学校へ来ているのだ。

各人が命を持っているのだから、命を大切にするのではなく、その人そのものが命なのだ…と。

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