忠臣蔵は梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)なしでは語れない

chuushingura-kajikawa皆さんは、梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)という男をご存知だろうか?

実は、忠臣蔵の事件と切ってもきれない男なのである。

梶川与惣兵衛(かじかわよそべえ)という男は何をしたのでしょうか?詳しく説明しますので、こちらをご覧ください。

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忠臣蔵、といえば日本人なら誰でも知っている有名事件である。刃傷に至った理由は諸説あるが、
かの「殿中松の廊下」にて、浅野内匠頭が、吉良上野介に「この間の遺恨おぼえたるか」と叫びながら小刀で斬りかかり、
吉良は背中に一回、振り向いたときに額に二回切り傷を浴びただけで軽傷であった。

いくら偉そうにしていても吉良は高齢、内匠頭がしっかりと斬りかかれば命は危うかったであろう。

その内匠頭をとり押さえたのが、この梶川与惣兵衛なのである。

梶川は力持ちであったそうだ。

周囲はたちまち大騒ぎになり、内匠頭は有無を言わさず近くの坊主部屋に押し込められた。

関係者は取調べを受け、梶原は正直者であったのか、
浅野の狼藉の際に吉良が刀を抜いたか、刀に手を掛けなかったかという若年寄のご下問に「(吉良は刀に)手を掛けなかった」と答えた。

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また、浅野が吉良に斬りかかってきたとき、「遺恨」という言葉を発していたと答えた。

これが決定的な証言となり、浅野・吉良両方の処分が下されたのである。

梶原は後年「あの時内匠頭を取り押さえなければよかった」と悔やんだというが、梶原の働きなくては、かの「忠臣蔵」は生れなかった。

海外でも賞賛される「忠臣蔵」事件は、梶原なしでは起こらなかったかもしれないのである。

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