中国地方はなぜ中国とついているのか?混同して紛らわしい中国地方の意味

chugokuchihou皆さんは、「中国地方」がなぜ中国と使われているかご存知でしょうか?

私は、日本で中国地方(広島・岡山・山口・鳥取・島根)と呼ばれる由来は、中華人民共和国に近い地域だからだと思っていたのですが、実は、国名の中国とは無関係だったのです。

では、中国地方に紛らわしく中国と使われて理由は何なのでしょうか?下記を読んでみてください。

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色々な説があるが

まず、国としての中国と無関係である理由として、中華人民共和国が成立したのは1949年、その前身の中華民国は1912年に成立しており、それ以前より中国地方、と呼ばれていた事から、国名の中国とは無関係であると言える。

では、中国地方、という名称の由来だが、これには諸説がある。

10世紀頃、各種の法令をまとめた延喜式で、当時の都であった京都を中心に見た時に、現在の近畿地方に該当する「近国」と、九州地方や東日本に該当する「遠国」の真ん中に、現在の中国地方が入っていたため、その名残で「中国地方」と呼ばれる説。

そして、延喜式よりも更に遡り、神話に由来する、という説もある。

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古事記などに記された神話に依ると、神々が住む場所は高天原、死者がうごめく黄泉の国の中間に、イザナギとイザナミの二柱が現在の日本列島を形成し、その土地を「中つ国」と呼んでいた。

以後、中つ国が平定されるまでの間、黄泉の国の伝説やスサノオ伝説、大国主命の国譲りなど、現在の島根県出雲地方が舞台の中心となっていった。

これには裏があるとも考えられ、当時、出雲地方には有力な豪族がいたと言われている。

当時としては貴重な青銅器が多数出土している事などから、考古学的にも実証されている。

それらを服従させる経過こそ、神話で描かれた中つ国平定の物語である。

その事から、出雲を中心とした地域を「中つ国」と呼び、その名残で、現在は中国地方と呼ばれるようになった、とも言われる。

参考資料:http://uub.jp/arc/arc19.html

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